昭和~平成の築地:都心のサムシング・オールド

 戦時中の統制によって灯の消えた築地市場も、終戦とともに息を吹き返して空前の賑わいをみせることとなります。都民の台所といわれ世界最大の水産物流通量を誇る築地市場がこの町を代表する存在となっていきます。そのいっぽうで、かつて水の町であった築地をかたちづくった築地川が1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催と前後して埋め立てられ、高速道路一号線につくりかえられました。小田原町は築地と町名変更され、都市化とともに昔をしのばせる風情が少しずつ消えていったのです。

 それから40年あまりを経た現在、築地には高層ビル群と古き町並みが共存する風景をみることができます。あちこちに歴史をしのばせる痕跡があり、ふりかえれば築地はつねに新しいものが生まれ、その歴史を風景に刻みこんできた町であったことを認識します。

 最近ではたくさんの観光客が訪れる築地市場も昭和50年代より移転問題が持ち上がっており、やがては史跡のひとつに名をとどめるのかもしれません。

 いつも古くてあたらしい築地。不思議さに満ちたこの町は、人びとの心をとらえてやまない魅力的な存在として、これからも生き続けていくことでしょう。